うなぎのぼりブログ

日本のうなぎ食文化ってすごいかもしれない。気の向くままにうなぎ散歩。

喜代川

喜代川

昼前、東京メトロ銀座線を日本橋で下車する。
午後の打ち合わせまでに時間があるのでブラブラ歩く。
日本橋の老舗鰻屋喜代川を目指すことにする。
永代通りを歩いていくとすぐに兜町、茅場町だ。
東京証券取引所の鎧橋を渡ると、日本橋小網町、蛎殻町だ。

20131212DSC04826_thumb.jpg

分かりやすく言うと、首都高速江戸橋ジャンクションあたりだ。
日本橋界隈の町名や橋の名前にはなんとも趣がある。
この小網町という名前は佃島の漁師が日本橋の魚市場へ水揚げし
このあたりに網を干したことからついたという説もある。
鎧橋を渡ってすぐの細い路地を入ると、喜代川がある。

20131212DSC04830_thumb.jpg

高層ビル群に囲まれた細い路地に、築80年という日本家屋が目立つ。
以前、宮川曼魚の「深川のうなぎ」を読んだことがある。
宮川曼魚とは、小網町喜代川の二代目の弟である。
明治時代の人気鰻屋「深川の宮川」との関係が深い。
「つきじ宮川本廛」のページでも書いているが
深川のうなぎ専門店「宮川」で修業をした初代店主が
深川宮川の廃業を受けて築地橋東詰めにうなぎ屋を開業したのが
この「宮川本廛」である。
この深川のうなぎ専門店「宮川」の廃業の時に店舗を
居抜きで買い取ったのが、宮川曼魚である。
そのとき、喜代川を名乗らず宮川を名乗ったと言う話がある。
明治の人気店の暖簾を分けたのが「つきじ宮川本廛」
建物を分けたのが宮川曼魚ということになる。
深川の宮川が現存しないのは残念である。

20131212DSC04838_thumb.jpg

日本橋小網町の喜代川は1874年(明治7年)創業で、現在五代目が店主だ。
老舗らしい建物の二階部分には葦簀がかけられている。
この二階部分、渡辺淳一原作の小説「化身」の舞台にもなっている。
二階の座敷部屋のひとつ、三畳間は、ヒロインの名にちなんで
「霧子の間」と呼ばれているのだそうだ。
残念ながら、お一人様のランチではテーブル席が相応だ。
お座敷の入口とテーブル席の入口は別だ。
右手のテーブル席用の入口から入る。

20131212DSC04844_thumb.jpg

店内はテーブル4卓、14席ほど。
和風モダンな配色の店内。
女将さんは着物で接客、店員さんは
ゆったりとした接客ながら粋な下町風情が漂う。
お座敷とテーブル席とではメニューが違う。
うな重菊3000円より。
うな重松3500円、竹4000円、新香つき、肝吸いは別料金。
グレードでうなぎの量が違うとのこと。
他に、白焼き、うざく、うまきなどがある。
うな重松3500円をお願いする。
どうしても肝吸いが欲しいというわけではないので
別料金の肝吸いは注文しなかった。
紀州備長炭使用とのことだ。

20131212DSC04848_thumb.jpg

待つこと10分、うな重登場。
皮はうすく、柔らかい。
身の表面をややサクッと仕上げてある。
身の厚さは普通だが、柔らかく
トロトロとホクッの中間あたりの食感だ。
タレは醤油系、コクがある。
しっかりと蒸され脂も落とされ
あっさりとした上品うな重だ。
ご飯の量はやや多め、炊き加減は好みだ。
うなぎとご飯、タレのバランスもよい。

20131212DSC04851_thumb.jpg

老舗の鰻屋の風格が感じられる。
店二階で一杯やりながら鰻を楽しみたい。
日本橋料理飲食業組合の若手が集まる三四四会の会員。
日本の食文化の伝承に頑張っていただきたいと思う。
場所柄お客さんは金融系が多いようだ、
株の話と天下りの話・・・。
会計時は女将さん、つり銭はパリッとしたピン札。
話題の豊富な粋な老舗鰻屋さんでございます。

お店のウェブサイト
http://www.unagi-kiyokawa.com/






関連ランキング:うなぎ | 茅場町駅人形町駅水天宮前駅

スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment